クレタ食

魚スープはおいしいキノコリゾットやパスタはチーズたっぷりこのステーキ(チョップ?)の ソースはワインと 蜂蜜とか言ってた大体イタリアに後年支配されてたからイタリア風が多い。 下はジェノベーゼリゾットにイカフリットが乗っかりーノの平皿丼? よく見…

あれ、これってあれ旅行記3

クレタ最後の日も近づき、見納めで(もう二度は来ないと思う)イラクリオンの考古学博物館に来ました。クノッソス、フェストス、そして行けなかったハギア・トリアダの遺跡からの逸品が揃ってます。(この三つはワンセットで瀬川三郎師のギリシャに出てきま…

老クレタ廃墟記

今日はフェストスを回った。昨日クノッソスの後にエラクリオンに戻り午後行こうとしたがバスの時間に無理があった。早朝から出掛ける。途中ミレースで乗り換え9時のフェストス行きに乗る。僅かにして着く。着くと客は私だけだった。中を自由に見回る。殆ど…

あれ、これはあれか旅行記2

クレタのホテルに着くと先客が受付の男性と話していました。聞いていると受付の人はネイネイと相づちを打っています。終わって私のチェックイン、ネイってイエスの意味ですかと聞くとそうだとの答え。 それで昔、Nから始まる言葉というのはノーとかナインと…

あれ、これってあれ旅行記1

ギリシャに来ている。前回はデフォルトとか騒がれた二年半ほど前。相変わらず大柄で堂々の挙粗動作の彼らは古代ギリシャと何ら変わらない。神話を信ぜずギリシャ正教になってるだけ。でも昼も夜も歩いていて感じてくるある種の物騒さは彼ら体内から発する何…

島倉千代子のからたちの小径

死の何日か前の吹込みのこのからたちの小径は、絶唱というより息き絶え唱なのである。声は全く出ていない。歌詞の何箇所かには反応できてない。分かるとこだけが気持ち込められてる。それでも島倉はこの録音を残そうとしたのである。それは本人側でどう思お…

野火、詩詞の花の下2

近松が指定してきたそこで幹事会予定だったその名前のビルは予想通り共産党の労働者支援事務所が入居している建物だった。高校卒業以来初めて会った同級の眞下はそのセンターの代表格になっていた。以前はバスケ部にいた彼は敏捷なやせ形体型をそのまんまに…

死んではいかん

昔三島由紀夫と中村光夫との対談で、三島側は覚悟もう決めてての上だったと思うけど、誰が自分の死を止められる、そういう言を発する、それがその当時の日本でいるのか風な流れとなって、小林さんならし得るかの話が出てきた。その時代はそうだったその程度…

野火のごとく生きよ、詩詞の華の下で1

何回めかの高校の同期会の幹事クラスが廻ってきたとき、同じクラスの近松はその時は生きていたんだ。それから程なくスピーディーな病気の進行で、本当に呆気なくこの世の土俵を割って逝った、それを慎二は不思議な気持ちで今思い返す。その短い期間とはいえ…

共生と自死の間のすきま風

なぜか陰とんしているとそれらしく誰からも見られない自意識というのが発生し身につく。それって其ほど深刻ではなく海外に行けば子どもとも会話するし、怪しげな兄弟愛ながら話相手は東京に来ればいるわけだし、そこそまぎれるとこあるんだけど、先日名字で…

失われた感情をどうやって再現するか

最近二回ほどコレはあの時感じたものを幾分かでも思い返すものだと、そしてその感情は今なら同じ眞が起きても同じ種類の感情であるにしてもそれは違う表現になることが当然分かるのに、再び同じ感情のあの当時の規模での感情なのだと分かる類のそうした昔の…

分かった。過去は再現できないものだ。人々の流れに与しよう

兄のことを考えるとこれだけは誰にも話せない感情がわくことがある。病気になって何回目かの外出日昔あった目黒の権之助坂の下の映画館で渥美清主演の例の映画の三本立てを見た。あの映画というのは名作ではなかろう。でもあの作品のどこかには時間が逆行し…

帰去り難児、いざ3

実は禎一の周辺では一つの騒動が勃発していた。禎一は西洋史の一部の学会に帰属していた。当時の戦時中にあってはことのほか国史の分野の教授等が幅をきかせ禎一の属する大学も西洋史東洋史問わず同じような傾向があった。東洋史での中国への扱いは一部格下…

人間のパワーの落し方

今回の紅白ではヒム子が話題を上げたそうだ。彼らはサラ金の宣伝を担いでいる。いつ頃からかというと結構絶頂期の頃に始めている。大体つまらないギャグをやり、だけど金になるのかそういう仕事はと思いつつ見てたけど、それでは彼らの絶品な芸があったのは…

グラーツの街の成り立っ方

いい街グラーツ。メディカル大学があり、病院が多数あり、カソリック教会があって、そばに墓地もある。生老病死の生以外は格別極め付き充実しています。

ウィーン旅行記

十年以上は来ていなかったウィーン、流石に古都とはいえ様がガラリと変わっていた。まず中央駅ができた。以前は西駅が場末ながら(本当に猥雑な感じだった。交通の中心だったけど、そこもそれ程機能を落とさず大した洗練はないけど中央駅に中心を譲った。地…

出るはため息ばかりなり

またやってしまった。空港着いて大した時間はないと思ってたけど、ラウンジとかで持ってきた時計のスタミナ切れで八時間の時差はあるのはわかってたんだが意地汚く食べ、実際は時差ぼけなんだろうけど現在時間感覚なくしてて、その上でネット碁に没頭し、し…

歯の痛みと戦後賠償

何年前かに歯に詰め物した箇所が痛みだした。その時は何ヵ所か事務の人の勧める都心のビルの歯科診療所で直し、そこは二人の先生だったのだが若い方がついて、とてもとても痛い治療ノ連続でしたから、長引かせ様なところもあったし、途中だったけど、もうそ…

帰還2

北国への赴任は決心の上だったがわだかまりは心の片隅にあった。妻の正子は赴任先を聞いて一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに夫の周辺で何かの変化が起きたのだ、それも夫の方で周囲に自分の気持ちを伝えた結果だ、と察し、そうなのと押さえ目な口調でいったあと…

北九州人気質?

今回の黒崎方面旅行ではこれはなんか九州人らしくないなという所垣間見た。一発め福岡空港で荷物取りのとき、赤い線の内側(約一メートル半ほどあった、)に入らないでと書かれてるの皆守ってる。自分の預けた手荷物が見えたら線の中に入る。そんなルールを厳…

予定のこととは言え

今日はbicのカレンダー解禁日だった。先日この日と聞いてたので、さっそく行って六七枚せしめた。これは一年一枚で見やすく年中行事化してる。とても嬉しくなり、近くのAPAホテルでランチ。このホテルはなんか変な本置いとりたりしてとかくだけど、このサン…

帰還一

禎一がこの地を再び来てみようと思ったのは躊躇いの果であった。ある思い、それは多くの場合憂鬱なものであって、それを抱え始めると夢の底に降りていくような、いや引きずられていくような更なる憂鬱を抱える、人は他人も皆そうなのかもしれないがと禎一は…

今回の角界騒動について

いやいや中々の番狂わせの連続で力のある場外相撲連番見せていただいて楽しめた。今のところ貴側が劣勢のようである。この底辺には、あの一言「もうアイツらの時代ではない」があるような気がする。人柄は双方どうとも角力にしても勢いにしても、部屋の体制…

少年時代の絶望感

今思い返せばというかそれよりも今突然感じたこの軽いだめだ絶望だ、という気持ち、これは幼いときに味あわった絶望感だなーということで、あの時の絶望感というのはとっても軽かった気がする。何かまたやれるさ、というのが裏側に付いていた。それはどうい…

毎月にじゅうくにちは

日本人だけでないのかもしれないけど月の中で数字の日付にあわせて当日を○○の日とか呼んでいる。6日だって06の日にして、オムライスの日とか呼んでるの見かけた。勿論29日は肉の日です。こうみると食品関連多いのかもしれない。一月のうち少なくとも1日位…

あるそよ風少女の話

夕暮れにぼくはちゃりを走らせていた。信号で止まると女の子と少女の中間のころの人が独りこれから歩いて横断歩道渡ろうとしていた。その人は信号待ちしてる僕を見てこういった。「随分久しぶりですね。よくおじさんのこと見かけたんですよ。気がつかなかっ…

機能としての人間ともう少し動物側の人間と

江藤淳の幼年時代というのは奥さんが亡くなって生前の江藤の母親の着物から奥さんがこしらえた布地の細工品の話から始まる。ドキドキする良い文章である。江藤淳が結局は特攻隊みたく母性に回帰していく様が如実に現れている。人は男はみな母親に先祖返りし…

国家と国民の男性性と女性性について

イザベラバードの朝鮮紀行をかじると十九世紀末の事情ではあるにしても朝鮮の未来を暗示してるところがある。そのターニングポイントが日清戦争のころではないかなと推測させる。どんなターニングになったと言うと朝鮮からみた宗主国の中国が敗れ去るところ…

1950年代という時季

家に戻り、雑誌の中で江藤淳の追悼対談を柄谷行人と福田順也?がやっていて江藤から九歳くらい若い柄谷が江藤評価併せて吉本隆明評価を専ら1950年代の著作や思想展開を最大値とする思いの表白にある意味心打たれた。三島さんにしても50年代が華だったのかもし…

ある株主総会三

彼が自分の中でどう思ってたか分からない。或いは自分は気難しい性格で些細なことにもこだわり、人とは打ち解けずらい性格の持ち主と思ってたかもしれないのだが(ある意味そういう要素も窺われたが)しかし彼が他人に接するときはにこやかな笑い顔を浮かべ、…