犬のモウショ15(エンド)

その黒人の水夫が妹にしたことで結局は捕まらなかった。パパもママもモウショが死んだことを器物損壊で告訴することをためらった。ナイフを振りかざしたことは何にかの罪にあたったのだろうがそれも微罪で処理された。何よりも妹は上半身裸にされたいきさつを語ることを拒んだ。僕もそれにしたがった。実際事件を目撃したのは僕ら子どもとモウショだけだったのだし。それは力が足りないということではないと今では思う。モウショが妹を護ろうとしたことを妹がどう感じたかを僕らは守っただけだ。そこにはパパやママも入る余地はなく、おばあちゃんも同じだった。おばあちゃんは両親より少しわかる気がしたけれど。

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最近読んだ柄谷という人の講演集に子どもは6歳でこの世界の成り立ちを直感的に理解してるのだ、それが小学校に入る直前に凡人となりふつうの大人になる路を歩み出すのだ、という箇所があったけどあの夏の僕ら二人とそして犬のモウショとの最後の際は凡人になる前のほんの一瞬の出来事だった気がする。

モウショが死んでからそれがどう起縁になったか分からないがパパは以前勤めていた建築設計事務所の先輩が独立してその人に呼ばれ東京に帰ることになった。それで僕らもおばあちゃんの引き留めもあったけど戻ることになった。モウショとの二度目の夏も終わる頃だった。妹はおじいちゃんの先代の残した和菓子職人の和菓子の意匠図を左手一つで上手に描けるようになった。その図集も一緒に持って東京に帰って行く。将来、妹の旦那さんと一緒にこの北海道の町のお菓子屋を継ぐのかも知れない。でもそれは相当先の話だ。その頃は犬のモウショの話を誰もしなくなっているかもしれない。この夏の話も忘れられるかも知れない。それはある意味仕方ないだろうなぁと今の僕は思っている。