島倉千代子の東京

島倉千代子は予想に反して東京生まれらしい。京急線青物横丁駅の電車乗車時音楽には人生色々がかかる。その近所で育ち、父親の職業は警察官だったらしい。阿久悠にしても和田アキ子にしても、親父が警察の人だと子供はキチッと成長して国家的逸材が育つという法則があるのかしら。さてその東京の人、島倉千代子には東京だよおっかさんという名曲がある。戦後にか田舎から出てきた母親が息子が眠る靖国神社を慰霊のため訪問する。靖国には御霊が不可分離にミックスされて祀られてるから、個別には慰霊できないけど、そこに来れば息子に逢える。この時の様は、例えば島倉千代子の実質的ライバル(島倉千代子の方は一方的に尊敬し、その一歩下がった姿勢はまたまた島倉さんの人の素晴らしさを感じさすが)の美空ひばりの九段の母の歌詞では、神と祀れもったいないけど、金賜勲章が見せたいばかりに持参してやって来たとある、でも島倉千代子のおっかさんの息子はそうではなかったらしい。或いは特攻兵だったのかもしれないな!。

でもこの二人の戦後のディーバが戦争史観として、あの戦争を肯定してたとはいえない。島倉ディーバには九段の母と真っ向から対向するひろしまの母というのあるし、美空ディーバにもその種の歌、一本の鉛筆とかも歌ってる。歌手の芯としては共通なものある。その両者、実際の人生では島倉千代子の方が年上なのに長生きし、中々厳しい人生だったらしいけど、きちんとして男に騙されたりしながらも歌バカ人生を全うした。そこを尊敬する。さてここからなのだが、偶々島倉さんが最後に吹き込んだのはからたちの小径という南こうせつに作らせた、からたち日記繋がりの中味もメロも古臭い歌であり、本人も覚悟してたように、それが最後の白鳥ソングになってしまった。その声の衰えはどこか書いたような気がする。自宅に機材持ち込んでの録音は多分参加者に感動以上のものもたらしただろうと推測される。その歌の感想を2年ほど前ツイートしたのを忘れてて、誰かがRTして自分で思い出した。その中に、からたちの小径の三番の歌詞がズキンと来るとか、書いている。さらに、その後の録音はいるかのなごり雪島倉千代子が歌ってるのが入っていて、その「東京で降る雪は」の発音、その東京の発音が東京だよおっかさんの東京の発音と瓜二つで、二倍泣ける、と書いてある。何十何年かまえの録音と同じ発音で録音して息を引き取ったと言いたかったらしい。具体的に言うと、東京を普通の人は大抵とーきょうと発音する。駅の人もとーきょうと呼んでる気がする。しかし東京人の島倉千代子?はトウキョウと発音する。うはふに近く、とふきょうとも聴こえる。伸ばさない発音でうを強調するのは東京人の癖かもしれない。ある調査で東京人の中で東京生まれの人の割合は、というのがあり、田舎者は少なくて53パーセントくらいあった。でもコレは調査方法として両親が東京生まれの人の割合を出していて、子供を入れれば二人子供がいればそれだけで50パーセントは行ってしまう。その人の両親と祖父母まで東京生まれを要求したらグッと東京での東京人の割合は減るだろう。更に東京をとうきょうと発音できる人というフィルターをかけたらもっと減る。問題はそんなところに全くなかった。問題というのは実は島倉千代子さんが歌ってる東京だよおっかさんの涙ソングの歌詞には一箇所も東京が出てこないのだ。二重橋とか九段坂とかはありますが、ズバリ東京はない。あれ!?間違ったのかな?

それからしばらくして思い出した。なんかこうではなかったか。東京だよおっかさんの吹き込みにはいくつかあって、その一つに歌の冒頭のセリフとして、最初の語りでボロンと「東京だよおっかさん」というのを聞いた記憶がうっすらあるような、気がする!。島倉千代子の東京はだから謎が多い。