桜田淳子ブーム再来

ここに来て、還暦であるからと、桜田淳子様が芸能活動のようなものを約10年のスパンで興すようです。反対派は桜田様に会見を開いて、そこに当然押しかけて、如何にあの団体がヤバイかを喧伝しようと図ってるように窺えます。謂わば力対力、どちらも主義主張があるようですが、少なくとも最近の画像のサングラスの下の桜田様の眼の凄みは、ふん何言ってるの、教会もファンも関係ない、私の中にあるモヤモヤとしたもの、消しても消しても消えないダイナモは抑える事は出来ないの、(併せて都内で何かやってる、旦那の仕事も支えたい?、と問わず語らず、訴えてるようにも見えます。そうした一部獣化して見える、桜田様の炎獣(円熟でない)の歌声聞きたいな、と思いますが−‥やはり世間はそうはさせないのでしょうか。

男のファッションブーム今昔

昔も今も男性はファッションに関心がなかったなどということはない。自分にしたって前はさほどと思ってなかったけど、ある人にいうと貴方は以前は服装に構わなかったけど、変わりましたよね、という時期を経て来てる、少なくとも他人の目を意識仕出した時期は第三者にも分かるらしい。そういえば何となくそうかなと思うあの時はある。それは多分男性にはそうだあの頃とみんな思える時期があるのだろ。でも、ソレは関心を持ったというその時であって、その時点から徐々にセンスが磨かれた?という時期とは時間差がある気がする。

中学生高校生くらいのとき、ファッション雑誌といえばメンズクラブ。平凡パンチとかプレイボールとかPOPEYEとかあったんだろうけど、田舎から見る都会東京への羨望を含んだ視線のある先は、その方向性を与えたのはメンズクラブだった。今も雑誌あるのだろうか。三峰というのは田舎にはなかった。どこが本店かも分からないけどコレも今もあるのだろうか。行ったのは新宿紀伊國屋書店の隣位の所だった。そんな本で初めてブランドというのがあるのを教わる。デザイナーというのがいて、その人は毎年春秋くらいにデザインする。集団で作るわけでないんだ。誰もが着る服を作るというより、私はこういうの作りたいから作った、どうぞ着てください、きっとあいますよ、あえば隣の人とは大違い!そんなとこまで分かったわけではないけれど、その人の世界というブランドがきっちりあるのを教わった。三峰だったら、アレキサンダージュリアンとか?三越だったらフォーマルがらみでオスカーデラレンタ、セザラーニ。そうかGUCCIとかあの種の高級ブランド知る前に、男性服デザイナーの名前を覚えたのか。ソレもちょっと変な話だな~結局大学生の中でおしゃれな人向きなのを、少し前の年齢で雑誌を覗いていわばパクってたんだ。でも当時の意識、いわば着たい欲望の源泉は決して女の子向けではなかった。どうしてなんだろ。服は調達できても中々女の子は調達できなかったからかな。アメリカの青春ドラマなんかでは女の子とパーティーに行くネタで、家ん中で家人のアドバイス受けたりする、そういうシーンあるけど、日本男子にはそれはない。少なくとも当時はなかった。純粋にファッションに恍惚してたとしたらおかしいけど、何となく薄っすらと男の子であってもファッションが自分をチェンジさせ前向きにする力からが有ること感じてた気がする。

FMチューナーのよしあし

エアチェックというのが趣味というものの中に入るかどうかは分からない。ただ音楽を垂れ流し的に聴く人も多いのかも。でもそんなかには一回性みたいなもう二度と聴くことあり得ない音源もあるわけで、本見たく定着出来やしないけど、残しておいて回想したくなる事もあるわけで、そうなると録音機の他にチューナー、それも良いチューナーが欲しくなる。そうなると趣味という所まで昇格するのかも。

今最高はアキュフェーズのT−1100なんだろうけど、そしてソレは本当にいい音だけど昔の銘器というのも探したくなる。そこでネットで落としたソニー5000Fの話となる。

 

コレは昔の製品だからVariableとFIXとのアウトプットになってる。エアチェック派は音量揃えたいからvariableが大好き。所が、この落としたやつは猫の片耳みみだれみたくアンバランスで御座いまして、右出力が左より音量が小さく、仕方なくネットで見た九州の修理屋さんに出した。結構時間とカネカかって戻ってきたけど、それで東京で鳴らしてたんだけど、どうも雑音も拾う。アンテナが東京タワー側で、最近のマンションの改装でテレビアンテナ端子からのFM波の受信が全く出来ず大いに困った。その後にアキュフェーズの持っていったらさすが現代の機械だからある程度感度は上がり使えるけど、このソニーは昔作品だから弱い。またつけっぱなしにしてたら今度は左右違いで、受信量も変わって録音にさしつかえるようになった。捨てようかなとも思った。そんなに愛着もなかったし。でも同じ捨てるなら、こっちの方が袋に入るなら燃えないゴミとして捨てられる。東京では大型ゴミで多分500円のシールとか出し日とかうるさい。それと電波感度コッチの方がいいので試したいという気持ちもあった。謂わば最後のチャンスを与えたのである。ここ二三日戻ってきて、昨日から聞くとモタモタしてたけど、案外音に実存感があるやつだ。ブースターみたいなの噛ますとあんまりバランスも悪くない。でも感度メーターはフルとはいえない。静音のとき小さくざわざわする。しかし音のくっきり感が聞いてて生々しい。もう少し様子見ようと思ったら、いきなり左右がアンバラになった。やっぱりだめか、お前は最後のチャンスも活かせないで死んでいくのか!寝た。

今朝、違うチューナーも何かアンバランスなので結線直してて再びチェンジして聞いて上げたら、気のせいか雑音もこびり付かなく音のぴょんぴょんさ聞こえてくる。

ゴミとしては捨てられない。いつまで続くかチューナーに聞いてほしい。でもこの重い器械は大事にこき使いたいなと思えてきた。

西部さんの死の心理学

今回旅行するときに携帯した本のなかに西部ススムのファシスタ云々とかの標題の本がある。部分的にしか読んでないけど(少し読みにくい)子供の頃、障子に火をつけたエピソードが出てくる。祖母に消し止められたがその祖母から「この子は恐ろしか子ばい!」と罵られた話となっていっる。今回の自殺はその責任を「死をもって償う」に似ている。彼の特攻隊とかペリリュウ島の死守兵士への共感は尋常性が破壊されている。死に場所と死ぬ時節に固執がある気がする。さすが人びとはそれを見抜いてる。追従者はいないし、その様西部さんがわも配慮している。知性の最後なんてあっけない。あの世に持ってけないのは金ばかりでなく、知性だってあるよな。そんなもん増やしてもしょうがないのに、殖やそう殖やそうという輩がいる。まぁ彼の場合存分に他人に振る舞ったようだしな✨  金ばかりでなく知性も天下の回りものかもしれませんね。

単千里眼老婆たちの車内会話

車内で老婆二人が仲良くでもないが大きな声で会話してた。一緒の病院にいく関係らしいが偶々乗り合わせた風のちょっと前まで他人の関係のようだった。話題は社会諸全般に及んでいた。一点をあげると昔の若い子なら銀行に入った、親らも喜んだ、でも働かされる。その頃の子供は真面目だから会社やめられず過労死になるまで働く。過労死なんて日本だけだよそんなこと。いやならやめりゃいいのに親もそうだから娘らはやめられずに会社に尽くす(そういう言葉でなかったけど)、昔は立身出世というのがあったからね、平成生まれの子は其を見ててバカだなと思ってるから、さっさとやめて好きなことやって自分でベンチャーやったりしてる。そっちの方が利口だ、発想を変えなきゃいけないよ。人工知能(AIとは言えてなかったかな)も出てくるんだしさ、企業なんて安く安く働かそうとするんだから、そんなのに昔みたいに勤めてちゃだメダよ。病院が近づいてバス降りてったけど、賢庶民兼くそ婆たちだった。言ってること特に親がそうだから子供までそうなるというとこ(まるで死ぬまで働いたのは企業側ではなくてそう生みしつけた親側の責任、あっテレビのあれって親の釈明会見?、とてもそこまで言えないこと同性だからズバッ言うの)身に染みた。そして彼女らの片方の目は文明に対する千里眼かもしれない。糖尿病らしい。早の回復を願うよ。

野火のごとくに生き、詞詩の花の下でも3

世の中には多分多くの人は周囲に看取られ死んでいけると信じてるのだろうが、いやそうとばかりは限らないものだと信二は近松の死に接してそう思った。彼と学校を出て以来何十年後かに再会したとき出た話題にはその種の翳りのようなものを感じた。その以前のことだった。この十個の詩の朗読の担当をし近松はそれなりに用意しようとしたのは。その後に起きたことから照り返せば、やはり近松には生きてる焦りみたいなものがあったのかもしれないなと信二は振り返って思うのである。

その詩の中には黒木瞳の詩も選ばれていた。それを興味深げに読んで、眞下は朗読を始めた。近松はそれを「こういう詩は男が読んでも女が読んでもひっかかり、まぁあまり一般受けはしないよな」と制するものでもなく、やんわりと批評した。その言葉で信二は高校時代の現国の一シーンを思い出した。それはある詩をめぐってのベテランの女教師と近松との解釈の対立だった。近松は何が気に入らないのか、授業の最中の詩の解釈をするその教師の説明をやや大きな声で「それはそうじゃないよ」と止めた。一瞬教室内はシーンとなった。

蝶々さん日本とピンカートンアメリカとの永遠に結ばれない愛1

蝶々さんをマダムバタフライと欧米の人が愛称と呼ぶより、そのなかに少しの蔑みを持ち込んでるのではないかと思わすのは、かつて岡村喬夫がセリフを改訂しようとプッチーニの娘さんかに申し込んだとき、相手にもされなかったというドキュメント番組を見て、その凄い固定観念、日本人ばかりでなくてあえて言えば日本「国」に封印してるたの国の感情を持ったときから、始まる。日本よこうであれが固定化していたとも言えた。日本も日本でえ~え、此れからも変わりません、というのが公式の答えだし、それから生じる一女性の悲劇は日本人のお好みでもある。

その様にして、戦後まもなく、日本は日本国憲法を受精し、女性国家として生きる決意をした。

それを私生児と呼ぶのも勝手だし、混血児と呼ぶのも自由だ。だから日本人のアイデンティティーと呼べないから直したいという人も出てくる。それをとやかくは後の問題で、一番大事なとこは、あれはアメリカとの愛の結晶であり法律的には何も世界への私の生き方編ではなくピンカートンアメリカとの愛の契約書ではなかったのかというところなのだと思う。折しもピンカートンに変わってドナルドダックみたいなドナルドトランプが出てきている。