長沙の雪の中のレストラン

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蜂蜜を買おうとグーグルは使えないので百度で検索、ルートも同じく検索。バス停から聞いたり探したりで時間かけたけどなんだ停留所のそばじゃん。でもやってなかった。そこで迷い子ごっこ開始。方向感覚だけで坂道降りていき後右に回りそこそこ行ってまた右に回れば戻ってこれる。それはそれなりに成果?上がったけどトイレとお腹が訴えかけてきた。見掛けるととある食堂、中はいると鍋屋さんだった。ここでもひと悶着?結局ヌードルと大根とビーフの鍋に落ち着く。ヌードルは鍋に入ってくると思ったけど別にてんこ盛りできた。あんかけが旨い、大根とビーフのテールスープが旨い。自動翻訳機でこのスープ温めてと頼み岩谷の温め器に点火して益々旨い。まぁ旅先の舌味感覚はあるかもしれない。店のおじさんおばさんの好意態度もあったかもしれない。豊洲と読めるけど字が違う。地球上のどこかで迷子になっても誰かとはふれあえる。料金は二つ合わせて30元=480円ってところ。食後おしっこして百度の二番のバスの停車場手前から乗っけてもらったらそのままホテル付近まで戻れた。一駅前で降りたらそこ長沙の銀座で大晦日イブ、若者でごったがえしてた。渋谷というべきかもしれない。結構この雪の1日は充実してたのかもしれない。

蘭州ラーメン

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刻みネギ(そば風に)、大根薄くスライス(健康志向)、薄チャーシュー(牛タンのように)、中国麺(普通)。あっそれとラー油も少し(辛くなく)

安い10元=160円、二度も来ちゃった。店は新疆の出らしいような、でもテーブルは豪華であったが。外は長沙久し振りの雪模様…暴雪とニュースされてた。

妾の生涯5

彼女の裁判というのは呆気なく方が付いた。裁判所で弁護士と一緒にでかけたのが肩透かしになるかのように父親は出廷をせず、さらに裁判官は弁護士双方に本件は自分の考えでは親子間に法律上の親子関係がないというのではなく、何やら法律上の親子関係はあるがソレを否認する裁判が相当だと説諭し、その上で彼女側の弁護士にこの申立は取り下げたらどうかと促した。その上で次の期日には判決を出すのでそれまでの間にリアクションするようにと命じた。裁判官がそう宣言したあと帰ったあと、父親側の弁護士が済まなそうな顔して出て行ったあと、彼女の代理人が少しの時間を取って説明してくれた。彼女は裁判が始まるものと期待していたのを打ち砕かれたけれど、弁護士の一つの言葉に救われるような思いを抱いた。「お父さんはあなたがお母さんから生まれたことを否定する事はできないのよね」。あなたは嫡出子なのだからソレを否定したくてもそれはできない。彼女はソレを聞いて、自分はどうしたって、父親がどう思おうと、むすめとして扱われるべきだったのだと、安堵に似た気持ちを抱いた。私は生まれながら彼の子供なのだ、法律はそう教えているのだ、と弁護士の説明が進むにつれて励まされる気持ちに段々となった。一方でそれだから彼のやった事は許されない、さらに戦おうという気持ちも深まった。彼女と弁護士とは作戦会議ということでこの後会う日程を決めて別れた。裁判所を出るときの様子気持ちが弾んでさえいるように見えた。

彼女の生涯4

多分父から受け彼女がそう受け止めた暴行というのは、彼と彼女とが育ち育てられたその土地のある地方では当たり前、他の家族間でも為されてたことだったかもしれない。最近もその地方で大きな地震が発生した、その海辺の町というのは、潮風が強く強く吹く北国の一角の、どちらかというと海には開け冬には陸の孤島化しかねない土地柄である。彼女が育ったその頃は、その陸の孤島は隔絶していたことだったろう。そうしたローカリティが人の感情をある時は嵩上げする傾向があるのは誰もさほど否めない。それを最大にみて過小に評価すべきでないと私は考えるがその点は異論のあるところかもしれない。ともかく彼女が父から受けたと言い張るその暴行は今なら事件になりかねなかっただろうが、当時としては家庭内では無視されかねないことだったろう。しかし彼女はその件をしこりとして父を恨んでいた。その点は後日事件を担当した弁護士にも共有されていた。

妾の生涯参

彼女が自分の父へ起こした裁判がどの程度彼の心痛を高めたものかは、多分些少のものでなかったかと思う程度であるが、それでも今その記録を読み返すと彼女の興奮が死んだのちもよみがえってくる思いはする。些少と評価されるのは、その裁判の告知が父に届いたのは家庭裁判所からで、地方裁判所からでなく、それ故一体誰がこの自分を被告に祭り上げたのかは、見知らない第三者(父親はそれなりに多くの敵を用い、恨みを買う人物であったというのが彼女から聞いた評価だった)ではなく、家庭内の誰か、あるとすれば彼女と俄に判定され、今度はまた何を言ってきた、と身構える余裕を与えただろうと想定されるからである。彼女の方では父親は社会的に抹殺されるべきで、そう思う人間は周囲にたくさんいてその内の自分は一人であることを、何らかの形で一般事件として伝えたかったんだろうが、その意図は必ずしも成就されていなかった。

妾の生涯弐

資料は4つの箱に収めてあった。やや大きな箱には訴訟書類などが入っていた。2番目の大きさの箱は彼女の属してたらしい「カルヴィンの友」という宗教団体の教父とのやり取りの書簡、小さな聖書、会合の案内等の心の来歴を示す書き物関係が入っていた。3番4番には彼女の写真、写真集の一部の写真が切り剥がれたもの、埋葬の案内、通年ではない日記、書き込みのあるカレンダーの切りハギ、等私物、プライベートな部分をのぞかせるものが入っていた。衣類関係はなく死亡時点で処理され、処理できぬこれらのものが彼女の友人であり、カルヴィンの友(その集団は教祖のみが男性で教父(母?)や信者は全員女性だった)の同士でもあった弁護士により一時保管されていたことになる。それらが私の手に渡った理由はおいおい書いていこう。ともあれ、私がもっと興味があった彼女と父との確執は訴訟記録の中から少し事情が明らかになった。その種の争いごとから(多分女性弁護士の勧めで)、カルヴィンの友の会に彼女はのめり込んで行ったのだろうと私にはそう思えた。父のインパクトは大きく、それを彼女は分解して破壊したかっただろうに、現実にそれができなかった、そんな無念さを私は段々感じ始めていた。